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故障しないエスプレッソマシン(ほぼほぼ)

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JURAユーラとイタリアブランド(サエコ、デロンギ)の比較

 デロンギの良さもあり

 サエコの良さもあり

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失敗しないマシンの選び方

 

<サエコ製品のアウリカシリーズは、5年延長保証の対象外になります。>

 

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 平均的な5年間の修理費用は

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エスプレッソマシンの歴史

 

近年のコーヒーから

 

 コーヒーは中近東で普及した後、17世紀から18世 紀にかけて欧州各地でも愛飲される

 ようになりました。

 

 1720年にはベネチア(ベニス)で

  「カフェ・フロリアン」が開店し現在に至っています。

 

イブリック
  しかし伝来当時の欧州でのコーヒーの飲み方は、

  コーヒーの粉と砂糖を一緒に煮立てて上澄みを

  カップに注ぐ方法(トルコ式コーヒー)が主流

  でした。

 

  その後欧州では、やや粗めに挽いたコーヒーの

  粉を煮立てた後にフィルター(布)で濾す

  (又はフィルター(布袋)に入れて煮立てる)

  方法や砂糖の代わりに(あるいは砂糖と共に)

  牛乳を入れて飲む方法(カフェオレ)が

  普及しました。

 

 

  更 に、コーヒーを煮立てると雑味が出ることに気づいたのでしょうかお湯の中にコーヒーの

  粉を入れてフィルターで濾す方法や、コーヒーの粉の上からお湯を注 いでフィルターで濾す

  方法(ドリップコーヒー)も考案されました。

 

  19世紀の欧州では、北イタリアを中心として、コーヒーの抽出速度を上げるために様々な

  機械が考案されました。

 

 


より、美味しいコーヒーを早く飲みたい・・・ その思いから


   コーヒーについては様々な抽出方法が考案されましたが、その核は、コーヒーの粉とお湯

   が如何にして出会いそして別れるかにあります。

 

   19世紀の欧州では、コーヒーの抽出速度を上げるために様々な機械が考案されましたが、

   その核心は、如何にしてコーヒーの粉の間をお湯が素早く通り抜けるように力を加えるか

   にありました。

 

   ドリップコーヒーでは、コーヒーの粉の間をお湯が通り抜ける力はお湯自身の重みによる

   重力のみです。ここに更なる力を加えるには引っ張る押すの2通りの方法があります。

   お湯を引っ張る方法とは出口側の気圧を下げる方法のことですがお湯を押し出す方法には

   様々なバリエーションが考えられます。

 

   出口側の気圧を下げることによりコーヒーの抽出速度を速める機械は1840年代に数種類

   が考案されました。代表的なのはスコットランド人であるナピア(Robert Napier)氏が

   考案した真空抽出機ですが、これは現在のサイフォン方式の原型といえます。

   密閉された容器の中で加熱され沸騰したお湯は、蒸気に押されて別の容器に移動します。

 

   お湯が別の容器に移動し終わった時点で加熱を止めると元の容器に充満している水蒸気は

   冷やされて水滴に戻り、この際に急激に気圧が下がります。

   このため別の容器に移動していたお湯は元の容器に引き戻されますがこの際に2つの容器

   の間に挟まれているコーヒーの粉とフィルターを通り抜け、コーヒーとなって元の容器に

   抽出されます。

 

   真空抽出機とは逆に、力を加えてお湯を押し出すアプローチの機械は、1820年前後より

   様々なものが考案されましたが、いずれも試作品の域を出ることなく、実用化のための

   試行錯誤の時代が続きました。

 

 

   実用化された機械が広く公開されたのは、1855年のパリ万国博覧会に 出品されたものが

   初めてです。1843年にフランス人のデサンテ(Edward Loysel de Santais)氏が考案

   したこの機械は、蒸気機関を備えたタワー型の大きなものであり、1時間に2000杯分の

   コーヒーを(ポット単位で)抽出したと伝 えられています。

 

   原理的には、蒸気圧でお湯をタワーの上部へ押し上げた後、

   高低差とお湯の重みを利用して

   タワー下部のコーヒーの粉へ通す方法でした。現在のマンション屋上にある給水タンクで

   水道水に圧力をかける方法と同じ原理であり蒸気圧で直接お湯を押していた訳ではない。

 

   この機械は注目を集めましたが、余りに も大きく複雑で精巧だったため、結局業務用には

   普及しません

    

 

 

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研究、開発はさらに進み、エスプレッソマシーンの原型誕生?

 

   コーヒーの抽出速度を上げるために様々な機械が考案された中で、

   蒸気圧を利用してお湯を

  

  押し出しコーヒーの粉を通す方法についても

  19世紀半ばから試みがなされていたようですが、

  これを改良、洗練させたのはイタリア人でした。

 

   エスプレッソマシンの歴史

 1901年、ミラノのベゼラ(Luigi Bezzera)氏が

 蒸気圧を利用した業務用機械の特許を初めて取得

 しました。

 

 1906年にミラノで開催された博覧会でベゼラ氏の

 機械によるコーヒーが提供されている写真が残され

 ていますが、その看板には「CAFFE ESPRESSO

 と大書されており、ベゼラ氏がこのコーヒーをエス

 プレッソと呼んでいたことが分かります。

 

 ベゼラ氏の機械の最大の特徴は、デサンテの機械の

 ようにポット単位でコーヒーを抽出するものとは

  異なり、コーヒーの粉を詰めるフィルターホルダーから抽 出された1杯又は

  複数杯のコーヒーを

  直接カップに注ぐというものでした。

 

  取っ手付きのフィルターホルダー及び抽出をコントロールするバルブと

  いう組み合わせは現在の

  エスプレッソ・マシンにも踏襲されています。

 

  1903年にこの特許の使用権を得たパボーニ(Desiderio Pavoni)氏は、

  1905年に商業ベースで

  の機械製造を開始しました。客の求めに応じて一杯ずつ濃厚なコーヒーを

  抽出するパボーニ社の

  機械は、やはり客の求めに応じて一杯ずつ煮出す方式のトルココーヒーに

  馴染んだイタリアの

  カフェを中心に好評を博し、他の業者もこれに追随しました。

 

 

  

マシンの歴史1920年代には、 トップに社章の飾りを配した真鍮

ないし銅のタワー式機械が、欧州のカフェの一般的

な風景になってきました。

 

 今はサエコのグループ会社 老舗ガジア: 

 老舗の技術が今もAromaへ継承しています。


    

 「特別に、あなたのために」を意味するという説も

 充分あります

 

  ベゼラ氏が自らの考案した機械により抽出される

 コーヒーをカフェ・エスプレッソ

 (エスプレッソ・コーヒー)と称していたことは

 記録に残っていますが、カフェエスプレッソ

 という単語を歴史上誰が初めて 使用したのかは

 はっきりしていません。

 

  これまでも紹介してきたように、人々は何もエスプレッソを作ろうと

  努力してきた訳ではなく

  コーヒーの新たな抽出方法を求めて試行錯誤してきた結果、ある時点で、

  その成果物がエスプレッソと呼ばれるようになったのでしょう。

 

  そのため、エスプレッソという単語の語源についても「急行、急速」を意味するという説と

  「特別に、あなたのために」を意味するという説に分かれていま す。

 

  日本ではもっぱら「急行、急速」を意味するという説明のみがなされるのが普通ですが、

  もしかしたら単に「特別に、あなたのために」を意味するという説 が

  何を意味しているのか理解されていないだけではないでしょうか。

 

  日本の学校では express という英単語には「表現する」という意味(動詞)と

 「急行」という

  意味(名詞)があるように習い、

  私も二つの全く異なる意味を持つ単語であるかのように覚えて

  いましたが、改めて手元の英和辞典を開いてみると、

  express という単語には「特に明示した」

  あるいは「特殊な」という意味(形容詞)があり、expressly というと

  「特別に」あるいは

  「わざわざ」という意味(副詞)があります。

 

  

  そこで coffee expressly for you(あなたのためにいれたコーヒー)が語源だというのが

  「特別にあなたのために」を意味するという説です。

 (便宜上英単語で説明しましたが、フランス語・イタリア語でも事情は同様です。)

 

  1901年にベゼラが考案し、1905年にパボーニが世に送り出した機械は、

  客の求めに応じて一杯

  ずつコーヒーを抽出する方式で一世を風靡しました。その意味では、エスプレッソの語源が

 「特別に、あなたのために」を意味するという説には十分な根拠があります。

 

  しかし、カフェ・エスプレッソという単語が「急行、急速」のニュアンスとともに普及して

  いったのも事実です。

 

  例えばイタリアの Victoria Arduino 社が1922年に作成した有名なポスターには、

  「LA "VICTORIA ARDUINO" PER CAFFE ESPRESSO(カフェ・エスプレッソには Victoria

  Arduino を)」という宣伝文句とともに、蒸気機関車の客車デッキから身を

  乗り出した乗客が

  同社の機械から抽出されるコーヒーに手を伸ばしている絵が描かれています。

 

  このポスターは、カフェ・エスプレッソという単語が当時既に

  一般的になっていたことを示すと

  同時に、蒸気機関車のイメージを同社のエスプレッソ・マシ ンのイメージを重ね合わせて

  アピールしている様子がうかがえます。

 

 

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  エスプレッソマシン ガジア 

 

 

   

遂に初期型エスプレッソマシンの登場・・・そして世界へ


  エスプレッソの起源及び語源についてはっきりしない点も残りますが、ここでは、1901年に

  ベゼラが考案し、1905年にパボーニが世に送り出した機械以降を「エスプレッソマシン」と

  呼ぶことにします。

 

  電動ポンプの実用化により、エスプレッソ・マシンの電子化による自動化が

  急速に進みました。

  まず、抽出開始と終了の操作はレバー式からスイッチ式に替わり、

  腕力や微妙な手加減に頼る

  なくエスプレッソの抽出が出来るようになりました。

 

  次に、抽出を自動終了する機能がついて、

  マシンの使用者はどのタイミングで抽出を止めるかの判断から解放され、粉をセットしたら

  「抽出」ボタンを押すだけになりました。

 

  コーヒーの粉を詰める際の分量と押しつけ具合の加減については

  手作業のままでしたが1980年

  代にはそれらも自動化され、スイッチ一つで自動的にコー ヒー豆を

  挽きフィルターに粉を詰め、

  指定された分量を抽出し、使用済みの粉を捨てるという、

  全自動マシンが実用化されました。

 

  一部機種においてはミルク の泡立てまで自動で行い、

  ボタン一つでカプチーノやカフェラテが

  注がれるようになりました。

 

 

  マシン登場 サエコ創業

 

       (創業者の2人:ヨハネパウロ3世ローマ法王に表彰もされています。)

 

   但し、全自動マシンが一世を風靡した訳ではありません。

  レバーピストン式のいわゆる手動式マシンも根強い支持を受けていますし、様々なタイプの

  半自動マ シン(抽出の開始と終了は手動で行うマシン、コーヒーの粉のセットは手動で行う

  マシン、ミルクは手動で泡立てるマシン)が多く用いられています。

 

  マシンの自動化が進むほど「誰にでも安定したエスプレッソがいれられる」という長所が

  ある反面、「抽出具合の微調整ができない」「バリスタの手並みをア ピールできない」

  「個々の客の好みに応じられない」という短所があります。

 

  更に「マシンの価格が高く、維持コストも高い」という難点もあります。

  したがって、イタリアのように熟練したバリスタの層が厚く人件費も比較的安い地域では

  手動式マシンが重宝され、スイスやドイツのように熟練したバリスタの層が薄く人件費も

  高い地域では自動式マシンが重宝されるという傾向が生じました。

 

  イタリアの老舗のスタイルは変わりませんでしたが、エスプレッソ・マシンの自動化が

  進んだことによって、二つの大きな変化が生じました。

 

 一つはエスプレッソ・マシンの家庭への進出です。

 

  1960年代以降電動ポンプの実用化により家庭用のエスプレッソマシンも続々と登場して、

  業務用マシンと異なり小型化と低価格化を重視しているために性能面の制約はありますが

  これまでポット式マシンしかなかった台所に、手動式マシンや様々なタイプの半自動式

  マシンが出現するようになりました。

 

 もう一つの変化は、エスプレッソの各地域への伝播が始まったことです。

 

  エスプレッソマシンの自動化が進んだことによりこれまでマシンを操作する熟練したバリスタ

  がいないこともありエスプレッソ・コーヒーの普及していなかった地域にも、

  エスプレッソが

  普及する可能性が開かれたのです。

    

 

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全自動エスプレッソマシンの登場で、エスプレッソが世界的に・・・

 

  イタリア系をはじめ南欧系移民の多いアメリカには、比較的早い時期からエスプレッソも

  伝わっていたようです。

  しかし、第二次大戦後もしばらくの間は、エスプレッソを含め南欧の濃い

  コーヒーに親しんで

  いたのは一部の人々(イタリア系移民の他、イタリア文化に接していた芸術家、音楽家

  大学関係者など)でした。

 

  当時のアメリカでは家庭にもコーヒーが普及していましたが、缶入りで販売されている

  浅煎り粗挽きのコーヒーを薄目にいれて気軽に(日本の家庭のお茶のように)

  飲むのが主流で、

  また戦争中に軍隊に採用されたこともあってインスタントコーヒーも

  急速に普及していました。

 

  深煎りの濃いコーヒーを店頭で味わう飲み方はほとんど知られていなかったのです。

  スターバックスの前身として知られている Peet's Coffee(1966年創業)も、西海岸の大学

  関係者などを対象に深煎りの豆を販売する焙煎業者に過ぎませんでした。

 

  時々「イタリア系移民は貧しいので安い豆を深煎りにしてごまかして飲んでいた」

  という俗説も目にしますがこれは当時の一部アメリカ人のイタリア系移民に

  対する偏見に基づく説です。

 

  元来イタリアではトルココーヒーの影響もあり深煎りの豆が好まれていました。

  むしろアメリカの大手メーカーの方に、豆を深煎りにすると目減りしてしまう(販売重量が

  減って儲けが減る)のを嫌って浅煎りで販売していたという貧しい傾向もありました。

  Peet's Coffee のような焙煎業者は良質のアラビカ種の豆を深煎りにして富裕層をも対象に

  商売をしていました。

 

  一般のアメリカ人の間にエスプレッソが次第に知られるようになってきたのは60年代から

  70年代にかけてです。

  その頃は欧州旅行の人気が高まった時代であり、現地でエスプレッソやカプチーノやカフェ

  ラテの味わいを知った客を中心に、アメリカの大都市でも次第に飲まれるようになって

  きました。

 

  アメリカでエスプレッソが広まってきた背景として、書物によっては、

  75年のブラジル大霜害を

  契機にコーヒーの多様化が図られたとか80年代にフレーバーコーヒーが

  登場してコーヒーの付加価値化が図られたとかミルクを入れる飲み方が

  健康ブームに 合致した等の分析がなされています

 

  が、ここでは更に

  「欧州でエスプレッソ・マシンの自動化が進んだ」ことを挙げたいす。

 

  熟練したバリスタでなくて も一定のレベルでエスプレッソを抽出することのできる自動式

  マシンの登場により、アメリカでもエスプレッソを出す店舗を比較的容易に出せるように

  なりまし た。

 

  この点に着目し、エスプレッソ店の全米チェーン展開を思い立ったのが、当時調理器具や

  家庭雑貨のセールスを行っていたシュルツ(Howard Schultz)氏です。

  自分のアイデアを実現させるため、1982年にシアトルの焙煎業者スターバックス

  (71年創業)に入社したシュルツ氏は、86年に実験店舗を出店し成功させた後、

  87年にスターバックス社を買い取って全米展開を開始しました。

 

  その後、先発・後発の業者が追随し、北米でのエスプレッソ・ブームが本格化して現在に

  至っています。

 

  アントニオ エスプレッソマシン

 

  日本初は、アントニオさん。 あのマッカーサーの料理を担当した程。 
  ご褒美が日本初のエスプレッソマシンだったんですね。 有名店アントニオより

 

 

 

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